さえ わたる 言葉・テレビ・音楽・旅行あれこれ

日本語の使い方、TV番組の感想、好きなモノ(音楽・旅行など)について綴っていきます

思いがけなく「お客様待遇」を受けた旅~全都道府県旅行記・福島県

記憶に残っている初めての福島県訪問は、大好きな鉄道ではなく、クルマでの家族旅行でした。

家族ぐるみで付き合っていた父親の同僚家族と共に総勢6人、現在のいわき市にある(当時の名前で)「常磐ハワイアンセンター」(現:スパリゾートハワイアンズ)に泊りがけで出かけたのです。

 

当時は本当の海外旅行など、一般庶民には高値の花。

そんな中、お手軽に(と言っても、費用的には今で言えばTDRやUSJに出かけるよりゼイタクだったかもしれません)疑似海外気分が味わえるということで、大人気を博していました。

そんな「夢のリゾート」が完成したので、東京からそう遠くないし行ってみよう、という話になったと覚えています。

 

事実、さまざまな趣向が凝らされ、一日中遊んでいても飽きないプール、本格的な温泉施設、夜はハワイアンダンスのステージショーが開催される…

幼かった私には、まさに異次元空間の驚きと感動でした。

現在も、名前を変えて人気のリゾート施設となっているようですね。

映画フラガールの舞台にもなりました。

 

子どもの時観光で訪れたいわきに再び赴いたのは、大学生の時でした。

ゼミの研究で偶然いわきに数日間の取材をすることになり、現地での調査を行う一方、地元の住民の方々へのインタビューもスケジュールに入れていたのです。

もちろん大学側からのアポイントは行ったうえでの訪問ではありましたが、前日書いた慰問記事同様、皆さん快く時間を割いてインタビューに応じて下さったばかりか、お邪魔した自宅でお茶や地元のおかずをごちそうして下さったり、学生にとっては破格の「お客様待遇」。

そんな温かいおもてなしに恐縮してしまうと共に、研究そっちのけで、地元の方々の素朴な人柄に感動した出張研究となりました。

 

福島県にちなんだ話は、後日もう少し続けたいと思います。

 

慰問に行ったつもりが、逆に自分が癒されたステージ

当カテゴリーで以前「オーケストラ北海道演奏旅行記」で、正式な演奏会以外にも、いくつかの小学校を訪問しての「音楽教室」を開催したお話をしました。

 

saewataru.hatenablog.com

 

そこまで大規模ではありませんが、数人のグループで老人施設に「音楽慰問」を行くことが時々あります。

 

弦楽四重奏の時はその中のバイオリン奏者として、ピアノしかいない場合はソロ演奏で。

小難しい印象のクラシックではなく、誰もが知る童謡・唱歌、はたまた懐メロ曲をアレンジして演奏します。

一方、楽器奏者ではなく歌い手として、同じようなプログラムをこなすことがあります。

 

聴衆の方々の体力を考慮して、こちらの出番はせいぜい30分程度なのですが、滞在時間はその何倍にもなることが多いのです。

施設に入所されている方々は、ヘルパーさんに伴われての近所の散歩や個室でテレビ、比較的お元気な方であれば食堂での仲間内の会話…

率直に言って「娯楽」の乏しい日常生活である場合がほとんどです。

そんな中、我々の拙いテクニックであっても、外部からやってきて生演奏・生ウタを披露してもらえるイベントは、こちらが想像する何倍も刺激のある「非日常」のようなのです。

 

行く先々の方々と、特に面識があるわけではありません。

しかし我々が訪問すると、子や孫が訪ねて来たかのように歓迎し、一様に短時間の「小さなステージ」を満喫して下さるのです。

こちらの出し物が終わったあと、ほとんどのケースではそのまま「フリートークタイム」、つまり世間話に移行します。

ですから、本番の何倍もの時間を費やすことになるのです。

 

とりたてて特別な話をするわけではありません。

たいてい、こちらは皆さんの話を「聞いているだけ」です。

でも、同じメンバーばかりの閉じられた世界では、見知らぬ訪問者との何気ない会話さえも、きっと新鮮な思いにかられるのではないかと思うと、こちらも「人生の先輩」の話に退屈どころか、逆に心揺さぶられる温かいものをいつも感じるのです。

 

私は幼稚園に入ったばかりの頃からバイオリンを習い始めました。

大人になってからは、自作の歌作りにも目覚めました。

「ライフワーク」なんてカッコいいモノではないけれど、人生のほとんど音楽と関わって来たおかげで、自然に音楽に親しむ環境に置かれてきたおかげで、このような触れ合いの機会にも恵まれる…

 

相手からのオファーでやっていることなのに、むしろ自分の方がお礼をしたい。

そんな気分にさせられるひとときです。

【懐かしい曲No.9】「手紙」ペドロ&カプリシャス

1971年、ペドロ(日本人です)をリーダーに、女性ヴォーカルと男性6人により結成されたバンド。

今もソロ歌手として活躍する高橋真梨子(当時:高橋まり)は、2年後に加入した2代目ヴォーカルです。

その1973年に、「ジョニーへの伝言」および「五番街のマリーへ」が大ヒット。

「ジョニーへの伝言」は、数多くのヒット作を輩出した作詞家:阿久悠が、後に「自分の作品の中で最高の出来」とまで自己評価する、ドラマ性の高い傑作になっています。

 

これら2曲も「超懐メロ」として世間からはもう忘れられてしまっているのかもしれませんが、このシリーズでは、知名度は低いものの「隠れた名曲」と思うものを発掘しているので、今日も別の曲を取り上げています。

 

2曲のヒットから3年後の1976年に発売されたのが、この「手紙」です。

別れた男性からふいに手紙が届き揺れる女心を、壮大なバラードに乗せて歌っています。

高橋真梨子の声が若い!

「手紙」という言葉自体、現代ではもう死語に近いかもしれませんね。

 

作曲はすぎやまこういち

1960年代に活躍した沢田研二が所属したザ・タイガースザ・ピーナッツのヒット曲のほとんどを手がけ、ガロの「学生街の喫茶店」、2000年に島谷ひとみリバイバルヒットさせたヴィレッジシンガーズ亜麻色の髪の乙女」などの作者ですが、後年あの「ドラゴンクエスト」シリーズの作曲を担当したことで知られています。

 

 

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【これでラスト?】ソロアイドル史第18章~1990年代以降

先週のこの連載の最後にも触れたように、70年代当初から幕を開けたソロアイドルブームは、平成の声と共に事実上終了しました。

 

「アイドル」という言葉自体は現代も残ってはいますが、男性であれば主にジャニーズ系。

グループユニットから派生してソロあるいはデュオでデビューするパターンもなくはありませんでしたが(慎吾ママ山下智久中山優馬など)、ごくまれなものでした。

 

女性の方はより多様化して、歌を歌わずグラビアだけであっても「グラビアアイドル」と呼んだり、TV出演・知名度もないライブステージの活動であっても「地下アイドル」が存在したりします。

 

90年代後半、1997年にモーニング娘。が「ASAYAN」(テレビ東京のオーディション・ドキュメント番組)をきっかけに結成され、98年に「モーニングコーヒー」でメジャーデビューしました。

と共に、つんく♂プロデュースによる「ハロープロジェクト」なる組織が脚光を浴びることとなり、そこから多くのユニットが所属しています。

後藤真希に代表されるユニットからのソロデビューも含め、メンバーの卒業脱退・加入・シャッフルという斬新な手法を繰り返して、当時話題になりましたが、この連載で取り上げている「ソロ」に限定すると、その後のJ-POP界も併せ「最後のソロアイドル」として孤軍奮闘したのは、「ドッキドキ!Loveメール」でデビューし、後に「LOVE涙色」「桃色片想い」「Yeah!めっちゃホリディ」等のヒットを残した松浦亜弥であったと思われます。

藤本美貴はソロデビューするも後にモー娘。に加入。真野恵里菜はソロとしての知名度ははあまり上がらなかった)

 

その少し前、92年に「SUPER MONKEY'S」として、その後ソロデビューし、いまや伝説の歌手となった安室奈美恵がデビューしていました。

14歳の若さでしたが、ブレイクした後彼女はすでに「アイドル」と呼ばれる存在ではありませんでした。

 

同年代の浜崎あゆみ

1998年、19歳の時に「Poker face」でシングルデビューし、その後数々のヒットを飛ばし「歌姫」と賛美されましたが、年代的にアイドルでもおかしくないながら、彼女もやはり「アイドル」ではなかった。

 

同じ年、15歳ながら自ら作詞・作曲した「Automatic」で、まさに彗星のように現われて時代の寵児となった宇多田ヒカル

当初から年齢を超越して、それまでの時代の「歌って踊るカワイイアイドル」イメージとはまったく異なるポジションにいました。

 

若手でデビューしても、「アイドル」ではなく「アーティスト」という言葉が一般的になりました。

 

おニャン子」から四半世紀を経て、秋元康が再び作り上げたトップアイドル集団「AKBグループ」。

AKB(秋葉原)・NMB(なんば)・SKE(名古屋・栄)・HKT(博多)・NGT(新潟)・STU(瀬戸内)・果てはJKT(ジャカルタ)…の「地名」と、当初AKBの「公式ライバルユニット」だった「乃木坂」プラス「欅坂・日向坂」の「坂道」。

AKBの主要メンバーであった前田敦子渡辺麻友柏木由紀指原莉乃などがソロシングルを発表していますが、おニャン子時代のような「ソロブーム」再び、とはいきませんでした。

今後ソロアイドルが誕生し、注目されることはなさそうです。

 

個人的には、

「ひとりひとりの、これぞプロの歌手と思える歌声が聴きたい」

「グループならば、ハーモニーの美しさを味わいたい」

と思っているので、誰の歌声か判別できない何十人もの「合唱」=単なるユニゾンではどうも好きにはなれない(ファンになりようがない)のです。

 

これまで、連載にちょうど良いかと思いアイドルという形でクローズアップしてきましたが、別にアイドルオタというわけではありません。

本当にウマイ歌い手・歌に出会いたい。

具体的な好みは、すでに週末に定期的に連載している動画つき記事をご覧いただけたら嬉しいです。

 

 

「キャスター」と「アナウンサー」はどこが違うのか?

最近ニュース番組で、進行を務める人を「〇〇アナウンサー(略して〇〇アナ)」ではなく「〇〇キャスター」と呼ぶ場面に多く出会うことがあります。

 

両者の違いを述べた某サイトの説明によると、

「アナウンサー」は、テレビ局のアナウンス部に所属する専門職のサラリーマンで、主な仕事はニュースの原稿読みや、ナレーション、バラエティー番組の進行、スポーツ実況など。
「キャスター」は、報道番組に出演しニュースを紹介しながら司会・進行する役割の呼称。
記者・俳優・タレントなど様々な経歴を持った人々がキャスターを勤め、ニュースの原稿を読むだけでなく、自分の考えや意見を述べます。

とのこと。

 

アナウンサーは職業の名前で、その人がニュースを読んだり司会をする時は「アナウンサー」として仕事を務める。

報道番組の中で、自分の言葉でコメントを発する場合は「キャスター」になる。

だから、アナウンサーでない人間もキャスターにはなれる。

NHKの「ニュース7」はアナウンサーで、「ニュースウォッチ9」はキャスター、でしょうか?

 

両者は上下関係ではなく別の役割のような気もしますが、アナウンサーとしての「原稿読み技術」に「コメント力」というプラスアルファが加わるとキャスターになる、とも解釈できそうです。

その意味では、キャスターの方が上位なのかなと思ったりもします。

 

番組上で「キャスター」と紹介していると、ワンランク上に持ち上げた呼び名のように聞こえることもあります。

その証拠に、キャスターは相手に対する呼び名であって、自己紹介で「アナウンサーの〇〇です」と言うことはあっても、「キャスターの〇〇です」と言う場面はあまり見かけません。

 

基礎としてのアナウンス技術のない人間がキャスターを「気取る」と、単なる「評論家」になって番組進行が成り立たない。

しゃべるための基礎がまずあって、その上で的確かつ冷静なコメントが言えてこそ、真のキャスターなのでしょうね。

 

 

誰とでも同じように接する人間でありたい~「残念なオッサン」にならないために

先月「ありがとうが言えない」という記事を書きましたが、今日の話も根底の気持ちは一緒です。 

saewataru.hatenablog.com

 

最近街を歩いていると、シニア層の男性(現役をすでにリタイアしたであろう年代の)の立ち居振る舞いに目が行くことがよくあります。

もちろん、「良くない意味で」です。

自分がそれだけトシをとったせいでしょうか?

 

定食屋で、自動券売機の扱い方がよくわからないために、店員をカウンターの中から呼びつける。

わからないのは仕方ないとして、その時の態度が「わからないことを教えてもらう」ではなく「客を困らせる機械の方がなっとらん」的に店員を叱りつけるがごとし、なのです。

席について料理の出る順番が違うと「オレの頼んだの、何で来ないんだ?!」と怒り出す。

牛丼と焼肉定食とでは、提供する時間に差があるのは誰だってわかることだと思うのですが…

 

百貨店や銀行などでも、似たような光景をよく目にします。

そうしたところでは特に、店員はどんな客であっても「お金を落として(より多く預けて)もらうために」何をどう言われても最大限丁寧な接客をしますから、余計に客側のぞんざいな物言いが増長してしまうのかもしれません。


また、電車で席を譲ろうとすると、「ワシはそんなに年寄りじゃない!」と言って、親切心に対して逆に怒り出す。
そんな態度をとる精神状態が、身体的以上に老化現象なのではないか、と。

 

彼らはきっと現役時代、どこぞの超巨大企業のお偉方だったのか?

それとも、先生(学校の教師)でもないのに「センセイ、センセイ」と周りから持ち上げられ続ける医師・弁護士、あるいは名高い芸術家なのだろうか?

きっと家に帰っても、奥さんを部下のように扱い、奥さんはそれに嫌気がさして、夫と一緒にいることがストレスになり、同性の友人との付き合いばかりを大事にするようになる…

ヘタをすれば熟年離婚も?

 

私自身、オーナー企業に勤めて、社長はじめ年下の創業者一族に部下として仕えたこともあります。

逆に年上の部下を持った経験もあります。

社会人としての経験は会社員としてしかありませんが、そこで学んだ「理想的な対人関係」とは、どんな組織であれ「相手の身分・立場・年齢の上下に関係なく、常に同じ気持ちで接することのできる人間であること」です。

 

もちろん、ひと言で言うほど簡単なことではありません。

そんなキレイごとだけで世の中成り立つものでもありません。

でも、上ばかりに媚びへつらって下の人間はヒトとしても扱わない、人によって表裏が異様に著しい、そんな人間たちを会社という「タテ社会」でさんざん見てきて、ふとプライベートな空間に目を移すと、かつて相応な身分を持っていたかもしれない、しかし今はその残骸だけを背負ったであろう人たちが、上に述べたように街中にもあふれている。

そんな状況を見るに、何とも言えない心境にさせられます。

まさに「明日は我が身」「人の振り見て我が振り直せ」です。

 

「残念なオッサン」にならないために。

心がけ過ぎて悪いことは、きっとないでしょう。

 

 

 

 

 

【番組紹介】本当に「やらせ」なしのぶっつけ本番お散歩番組(と思いたい?)「鶴瓶の家族に乾杯」

さまざまなテーマで放送されている旅行(お散歩)番組。

ドラマやクイズとは異なり、その趣旨からしてリラックスしてボーっと見ることが多いですが、その中でも最も落ち着いた気分で観ることの出来る番組です。

途中放送時間やスタイルを若干変えながらも、20年以上もの長きにわたって続いているのは、NHKだからとの事情を差し引いて考えても、人気番組の証なのではないかと思います。

 

メインの鶴瓶と毎回のゲストが、「家族」のふれあい・つながりをテーマに、地元のごく普通の人々を訪ねる…

旅番組といえば旅番組ではありますが、民放で放送されるものとは根本的に異なるコンセプトがいくつかあります。

 

何と言っても一番の特徴は、「ヤラセのないぶっつけ本番の旅」であること。

TVに映るのは、地元に住む一般の人々。

彼らが突然訪ねてきた有名人に遭遇して驚く姿は、事前のリハーサルのない、まさに「ホンモノ」の反応。

演出効果だけを狙った悪質なドッキリとは本質的に異なる、まさに「うれしいビックリ」だと思います。

 

わざとらしいグルメの押し付けがないのもイイところです。

飲食店と事前に綿密な打ち合わせをした後なのに、さも偶然見つけたかのように「あ!ここおいしそう。入ってみましょうか?」と見え見えのセリフを言わせ、絶対にマズイとは言えない食レポを発する…

そんな「見え見え感」がまったくありません。

もちろん食べるシーンも登場しますが、一般の家に上がり込んでのその家庭ならではの普通の食事だったり、農家や漁港で獲れたばかりの物だったり。

あくまで旅先での「人とのふれあい」「コミュニケーションの醍醐味」がメインなので、とってつけたようなグルメリポートの要素は必要ないのです。

 

旅先は、一応ゲストが訪ねてみたい場所、ということになっています。

これに関しては若干「大人の事情」も入ってくるとは思いますが、毎回観光地でない「普通の」街が舞台。

旅好きの私としては、有名な観光スポットなどなくても、大好きな鉄道に乗って行ってみたい…そんな気にさせてくれる場所選びです。

「ぶっつけ本番」なので、発言は台本のあるセリフではなく、すべてゲスト本人の言葉。

それを通じて、演技ではない本当の人間性が垣間見える新たな発見もあります。

 

最近は「第一発見人」が情報をネット拡散して、図らずも「受け入れリハーサル」が出来上がってしまい、番組の趣旨=一番の特徴である「突然性」が失われがちになるという問題もあるようですが…

 

師匠が歩き回れる限り、番組が続いて欲しいと願っています。