「芸能界を美しく引退する」難しさ。かつての栄光が忘れられず復帰してしまうカッコ悪さ。潔く身を引いて「伝説」になる神々しさ
今月初め、木下優樹菜が「芸能活動復帰」から一転、わずか5日で「スピード引退」というニュースが話題になりました。
昨年の「騒動」が尾を引いて、事務所とトラブルになってのいわば「強制引退」であったように映りました。
テレビでの「かつておバカで売り出し、その後自由奔放」なパフォーマンスは、演出されたキャラクターイメージではなく「実像」だったことも露呈した印象です。
インスタのフォロワーが500万人いようとも、「引退」という「処分」は重いです。
ただ、自ら選択した「美しい引退劇」ではなかっただけに、ほとぼりが冷めた頃何らかの形で「再始動」する予感がしています。
というのも、
「いったん引退を表明しながら『気軽に』復帰するケース」
が後を絶たないからです。
「引退」の2文字は、本来そんなに簡単に覆せるものではないはずです。
「辞めました。でもまた戻りました!」って、あまりスマートな行為ではありません。
復帰するくらいなら、軽々しく「引退」の2文字を口にしたりせず、「当面活動休止」ぐらいにしておけば良いのに、と思うことがよくあります。
もっと最近、いったんは引退を宣言した小室哲哉が、乃木坂46への新曲提供という形で「作曲家復帰」を表明しました。
あまり清々しい形での引退ではありませんでしたが、あれだけ「一時代」を築いた人物ですし、年齢的にも「還暦=世間の定年」と重なり、その意味では「ちょうどいい潮時」かと感じていました。
ところが、プロデューサーの秋元康に誘われて、あっさり翻意。
「作りたい」衝動は、そんなにたやすく消えることはなかったのでしょう。
もう十分過ぎるほど稼ぎまくったはず。
それでも、いったん得た栄光を忘れることは出来なかった…
復帰には、「精神的な」面の要因の方が大きいように感じます。
身を引く決意がその程度で揺らぐものだったのなら、これも「一時活動休止」ぐらいに留めておけばよかったのに、と思ってしまいます。
過去にも、その時代ごとに大きな話題になった「引退劇」がありました。
そして、「引退後」
- 華々しい芸能界が忘れられず復帰したが、かつての人気は復活しなかった
- 潔く身を引き、その後表舞台には一切顔を出さず、神々しい「伝説」になった
大きく2パターンに分かれます。
音楽的な好みから、女性歌手の「引退劇」がどうしても印象に残っています。
個人的な記憶の中で、最初に衝撃を受けたのは、往年のアイドルユニット、
キャンディーズの解散劇でした。
冷静に考えれば、彼女らは「グループ解散」宣言をしただけで、「引退」とは言っていなかった。
しかし、当時メンバーの伊藤蘭が放ち、流行語にもなった
「普通の女の子に戻りたい」
の「衝撃のひと言」は、普通に解釈すれば「芸能界を離れて、一般人になりたい」=「引退」と同義に解釈します。
もう芸能界でその姿を見ることが出来ない、と思ったからこそ、「これで見納め」とあれだけ盛り上がったのです。
解散後ほどなく、それぞれソロであっさり芸能活動を再開した彼女らを見て、
「復帰おめでとう!うれしい!」よりも
「普通の女の子発言は、何だったのか?全然普通になど戻っていない!」
の「裏切られた感」がありました。
この発言を真似て(?)
「普通のおばさんになりたい」と引退宣言をしたのが、都はるみでした。
デビュー当初は「アンコ椿は恋の花」や「涙の連絡船」「惚れちゃったんだよ」などの大ヒットを飛ばし、「うなり声演歌歌手」の異名をとる人気歌手に。
「北の宿から」では、レコード大賞も受賞。
「大阪しぐれ」や「ふたりの大阪」などでも知られる、ヒット曲量産歌手でした。
素晴らしい栄光に囲まれて「引退」宣言。
その年の紅白では、白組司会者・鈴木健二アナウンサーから発せられた
「1分だけ、時間を下さい!」
の名説得ゼリフ(?)とともに、「特別コーナー」を設けてヒット曲「好きになった人」をリハーサル歌唱するという、紅白史上前代未聞の「幕引きの舞台」を用意されて、華麗に身を引いた「はず」でした。
ところがわずか6年後、再び彼女はマイクを握り、紅白の舞台にまで復帰するに至ります。
一部の熱烈なファンは、喜んだかもしれない。
しかし、その後引退前のような大ヒットに恵まれることがなかったという客観的事実が、その行動結果を冷静に評価しています。
現在は活動も「自然消滅」。
「あの人は今」の仲間入りです。
これと似たパターンを辿ったのが、森昌子でした。
「結婚⇒引退」という、ある種夢物語のような華麗な引き際を選んだ彼女。
中学2年という若さでデビュー曲「せんせい」を大ヒットさせた。
20代に入ってからも「哀しみ本線日本海」「越冬つばめ」の2大ヒット曲を残した。
そして、都はるみ同様「紅白」の舞台で、涙の熱唱とともにその活動の幕を下ろした。
しかし離婚をきっかけに、なんと20年のブランクを経て、彼女は復帰したのです。
知名度の高かった歌手の復帰劇は、当初1~2年は話題になりました。
勢いで「紅白」の舞台にも再び立ちました。
けれども、「若いのにあんなに上手い!」と評された歌唱力の衰えは隠せませんでした。
復帰前のようなヒット曲にも恵まれませんでした。
そして昨年末、世間にほとんど知られることなく「2度目の引退」。
記者会見で、ステージへの未練を匂わせるような発言をしていましたから、「思い出のメロディー」的番組からオファーがあれば、あっさり復帰しそうな予感がします。
こう考えると、芸能界史上後にも先にも「最高に美しい引退」を果たしたのは、森昌子と同時期に活躍した往年の「スーパーアイドル」
以外に見当たりません。
わずか7年半の芸能生活で、スーパースターの座を獲得した。
そして、人気絶頂だった21歳の若さで「結婚⇒引退」の道を選択。
何の因果か、彼女の引退した1980年は、松田聖子がデビューした年と重なります。
2人の年齢差はわずか3歳。
しかし、イメージ的には「世代交代」感が強く漂っています。
まるで「トップアイドルのバトンを手渡した」かのような、絶妙なタイミングの引退劇でした。
その後、度重なる「復帰コール」に一切応じることなく、今年で引退からまる40年。
そして彼女は「伝説のスター」となった。
ファンとしては寂しいけれど、そうそうマネの出来ない「伝説的に素晴らしいパフォーマンス」だと思います。
経緯こそ違え、同じく「伝説」と「なってしまった」人物として、個人的に最高の歌唱力の持ち主と敬愛している歌手
がいます。
「♬いつものように 幕が開き~」
レコード大賞受賞曲でもある「喝采」を代表曲に持つ「超実力派」歌手でした。
「はやり歌シリーズ」記事で第1回目に取り上げたのも、彼女の楽曲でした。
この歌いっぷりと表情を、もう一度味わってみたいものです。
第一線の歌手として、平成の初めまで四半世紀近く活躍し続けていましたが、夫との死別をきっかけに、突然表舞台から姿を消してしまいました。
「引退記念ツアー」も「引退会見」も一切ない
「無期限活動休止」=「実質引退」。
あまりにも惜しまれる別れ方です。
ぐっと最近では、元AKB48の「まゆゆ」こと渡辺麻友の引退がありました。
「卒業」という美名でのユニットからの「強制退場⇒芸能界からの消滅」ではなく、芸能界からの完全引退です。
ラストステージで、持っていたマイクをそっとステージ上に置き去ったパフォーマンスは、40年前の山口百恵の引退コンサートを彷彿とさせるもの。
引退理由として、健康上の話題が報じられていましたが、年齢的な要因による「アイドル寿命」、大多数のメンバーとの人間関係、なにより「芸能界自体の空気」が彼女にはフィットしなかったことが要因と推察します。
昨今の「握手会中止」の影響により、「握手券目当てのCDまとめ買い」で成り立っていたAKBグループ自体の勢いも沈静化してきた感が見え隠れしますが、「船全体が沈没する前に」、最も「アイドルらしいイメージ」を残しての引退劇を演出出来たのでは、と思っています。
アスリートの引退の場合…
「体力的要因」という絶対的なカベがあるため、「復帰⇒再活躍」はきわめてレアケースです。
しかし芸能界には、トシを重ねても別の形でのオファーが寄せられる可能性があります。
それだけに一層、「飛ぶ鳥跡を濁さず」に「美しい引き際」を演出することは難しいのでは、と感じます。