「いつかまた~」は、時として「もう二度と~」
生涯で出会う人の数って何人くらいなのだろう?
そんなことを考えたことがあります。
名前もセットにして顔を合わせることを前提とした場合でも、幼稚園3年で(途中クラス替え含め)50人、小学校6年で100人以上、中学でも100人ぐらい…
以下学生時代トータルにしたら、おそらく「千」の位には達しそうです。
そして社会人生活の年数は、通常学生生活の2倍以上。
濃い薄いの差はありますが、勤め先のメンバー、たった一度名刺を交換しただけの社外の人等合わせたら、また仕事以外で出会う人々も含めたら、「万」に届いているかもしれない。
1万人いたとして、それでも国内総人口の1万分の1、0.01パーセントです。
良くも悪くも、出会った人との「縁」は奇跡的だなぁと思います。

唐突な前置きでしたが、そうして出会った人と
「いつかまた、ぜひお会いしましょう」
と言って別れることは普通にある光景です。
しかし、この「いつかまた」が実現することはない場合が多いのです。
何ともわざとらしかったり、一方とても切なかったりする言葉です。
仕事上付き合わなければならなかった社外・取引先の人。
転勤・異動の挨拶で顔を合わせる時。
社交辞令として「ぜひ今後ともよろしく」あるいは深い関係になっていた時には「いつかまたどこかで…」のひと言も加わったりします。
お互いに「もう二度と会う機会はない」ことがわかっている。
それでも、表向きはそう言って別れるのです。

一方、年賀状を取り交わすぐらいの付き合いの人の場合。
印刷された紙面の余白に、同様に
「いつかまたお目にかかりましょう」
と手書きで添える場合がある。
こちらは仕事上のドライな関係と違って、本当にまた逢えたらいいな…の気持ちがあることもある。
でも、(間柄によりますが)わざわざその人に会うためだけに遠方に出かけたり、仮に近くにいても会うためのスケジュールを調整したりするにはなかなか至らない。
結局何年もご無沙汰になり、そのうち付き合い自体が自然消滅になってしまったり…。
そんな状況は、SNSでも同じです。

なにげなく「いつかまた~」と書き込む。
「ゆるくでもつながってはいるし、機会さえあればいつでも会えるから」と思いつつ、気が付けばその「機会」を作ることなく何年も過ぎてしまっています。
たとえばリタイアして環境が変われば、時間的にも精神的にも今より余裕が出来て、「いつかまた」を実行するのかな?
それとも、トシと共に物事がどんどん面倒くさくなって、結果的に本当に「もう二度と」になってしまうのかな?
今のところ、付き合いが少なくて人恋しく思うほどのヒマはないので、今後については自分でもわかりません。
ただ、自発的かつ積極的にアクションを起こさない限り、「人との良好なつながり」を維持するのは難しいことも、体感的に理解しています。
「はてなブログ」のつながりも、例外ではありません。
現在の読者の皆様は、「ブログは持ちつ持たれつ」の精神にあふれた温かい方々ばかり。
そのおかげで自分のブログライフが存続できているのだと思うと、ただただ感謝です。
ブクマやコメントにも、どれだけ支えられているかわかりません。
いつもありがとうございます。