さえ わたる 音楽・言葉・テレビ・旅行日記

【開設後毎日更新中】はやり歌の世界、ヴァイオリン演奏、言葉の使い方、テレビ番組の感想、旅行記などについて綴っています

ソロアイドル史第9章~1979年デビュー組

毎週土曜日に連載中のこのコラム、9回目は今からちょうど40年前(!)の1979年です。

 

その時代に生まれていない方でも、「80年代J-POP」は固有名詞化され、80年代、90年代と固有のトレンドがあったことは耳にされたことがあるのでは、と思います。

やがて来たるべき(振り返ると音楽的には非常に華やかだったと思える)80年代の幕開けを控えての「準備期間」だったのか、この年のソロアイドル界はその後の1983年と並んで、やや「谷間の年」だったと感じます。

 

現在も立派に現役で活動しているこの年デビューの第一人者には、竹内まりやが挙げられるでしょう。

デビュー当時23歳、今もデビュー当時も完成度の高い「オトナの歌」を歌えるシンガーでしたが、時代背景からしてアイドル扱いをされる空気がありました。

デビュー曲「戻っておいで私の時間」はあまり話題になりませんでしたが、2曲目の「ドリーム・オブ・ユー」はサブタイトルの「レモンライムの青い風」でわかるように炭酸飲料のCMソングとなりヒット、次の「September」は今でも毎年9月になると流れる初期の代表作となりました。

続く「不思議なピーチパイ」も化粧品のCMソングとなりヒット、さらにデビュー後10年経っても「駅」「元気を出して」「シングル・アゲイン」など、「オトナが聴ける演歌ではない歌」を残しました。

 

アイドルとしては、作曲家・都倉俊一の秘蔵っ子であった倉田まり子がいます。

本名は坪田まり子ですが、都倉の「倉」をとって芸名にして「卒業~グラデュエーション」でデビュー、3枚目の「How!ワンダフル」がCMソングとして取り上げられたのが話題となったくらいで、アイドル歌手としての活動は5年ほどで終わっています。

 

当時話題だった「スター誕生」出身歌手としてデビューしたのが、井上望

「ル・フラン」でデビューしますが、その後目立った活躍は見られませんでした。

今は、あのモト冬樹の義姉です。

 

楽曲と共に話題になったのは、デビュー曲「私のハートはストップモーション」がヒットした桑江知子

この年のレコード大賞最優秀新人賞も獲得しています。

彼女も倉田同様都倉俊一から楽曲提供を受け、当時19歳ながらアイドルのイメージは薄いバラード曲でその年は注目されましたが、シングルでの活動は4曲目のCMタイアップ曲「永遠(エテルナ)の朝」あたりまででした。

都倉作品でのデビュー、デビュー曲がバラード、19歳でのデビュー、活動期間が短期。

第4章の麻生よう子と非常に似ています。

 

「アテンション・プリーズ」でアイドルデビューした能瀬慶子や、後にタレントとして有名になった川島なお美も、歌手としてはこの年のデビューです。