さえわたる 音楽・エンタメ日記

はやり歌の世界、ヴァイオリン演奏、言葉の使い方、テレビ番組の感想、旅行記などについて綴っています

「受動的」は自分らしい生き方か?誘いに乗るうち、誘い下手になっていた。主体的に行動を起こす大事さを思う

人を「誘う」ことが多いですか?

人に「誘われる」ことが多いですか?

 

私自身、問われたら

現状は、圧倒的に「誘われる」ことの方が多いです

 

仕事の流れで、行きたくもない会食や接待に誘われるのが多いのは、正直困りもの。

一方、親しい友人関係や好きな音楽関係での誘いがあるのは、当然ながら非常にうれしいことです。

 

「友だち」がらみ、に限定して言えば…

トシと共に、最近

「同窓会」的集まり

が多く開かれるようになりました。

 

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典型的なのが、学生時代の友人。

彼らのうち、現在もすぐ連絡がとれるのは「両手で数えられる」ほどです。

はっきり言って、数はそんなに多くありません。

でも、その「深さ」は格別です。

わざわざ仰々しく「同窓会」と銘打つまでもありません。

きっと、死ぬまで現役時代と同じトーンで付き合える「特別な仲」。

だとすれば、量はこれで十分です。

 

また、これに似ているのが…

現在も「仕事」の枠組みを超えて特別な絆で結ばれている

会社の同期入社のグループ。

彼らとも、ここ数年は年に1回程度のペースで集まりの機会を持っています。

新卒で入った会社を中途退職してしまった私にとっては、非常に貴重でありがたい場です。

 

それを可能にしてくれるのが、何十人もいる、また全国に散らばってしまっているメンバーに率先して声をかけ、場所や日程をアレンジして集まりを取り仕切ってくれる「幹事役」の存在です。

クチで言うのはたやすいですが、実際にコーディネートするのは並大抵のことではありません。

もちろん、その行動はボランティア。

彼らの尽力を、いつも心からありがたく思っています。

 

仕事以外ではどうか?

 

音楽制作にまつわる人との関わり。

「量的なつながり」で言えば、仕事関係よりずっと多いかもしれません。

 

「歌作り」のプロセスで、私は「作曲・編曲・歌唱」を担当しています。

作詞は別の人に委ねています。

 

当初は、作詞も含めた「シンガーソングライター」が夢でした。

しかし、残念ながら歌詞を作る才能はありませんでした。

逆にメリットとして、歌を「共同制作」する「作詞パートナーとの出会い」という人脈が出来上がりました。

一連の作業で、濃淡問わず関わったパートナー数は、これまでに500人をラクに超えています。

「さえわたる生涯作曲作品」

は、もうすぐ3000曲になります。

 

作詞家を志す人たちの同好会の集まりに、作曲の立場からゲストとして呼んでもらうこともあります。

過去記事で触れた「ソロコンサート」も、元はと言えばそうしたつながりからでした。

saewataru.hatenablog.com

歌詞を作る人にとって、「曲を作る」人は「自分の作品を歌にしてくれる存在」。

とてもありがたがられます。

人づてで、新たな出会いに恵まれることも多々あります。

 

レコーディング作業関係では… 

スタジオを取り仕切るディレクターや音響関係を担当するミキサーなど、レコーディングスタッフとの付き合いがあります。

CD1枚分のレコーディングが終了すると、「反省会」と称して、たいてい打ち上げが開かれる。

その仲間に入れてもらったりすることがあります。

そうした「ギョーカイ」の現場の面々は、いわゆる「職人肌」。

ふだん仕事で出会う人たちとは、まったく「別世界の人種」です。

価値観や考え方が自分とまったく違っていて、そのギャップに驚かされます。

 

 

 

仕事関係にせよ音楽関係にせよ、

自分の好みで交友関係を「選べた」学生時代とは異なり、ある種「与えられた環境」の下、偶然の運命で出来上がった人脈。

 

いずれも、「この出会いがなかったら、自分の今の人生はなかったのだ」と思うと、その不思議な運命のひとつひとつに、言葉にならない感慨を覚えることもよくあります。

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自分自身、人と接するのは大好きです。

自分で言うのもヘンですが、おしゃべりも決してヘタではなく、けっこう社交的・外向的な性格だと思っています。

 

上に述べたような多くの「お誘い」に恵まれることは、大変幸せだと思っています。

ただ、そうしてさまざまなイベントへの誘いに乗っているうちに、

自分の方から何か働きかけを行う前に、いつの間にか空き時間のスケジュールが埋まってしまうようになりました。

 

するとそのうち、

「自分から主体的に行動を起こさなくても、流れに任せていればけっこう楽しい」

と感じるようになってしまうのです。

 

自分から誘うとなると、まず相手の都合がOKか気になってしまう。

最近は、メールやLINEの一斉送信で簡単に連絡が取り合える方法もできてはいます。

ただ、ツールは揃っていても、相手が複数人いる場合、やはり個別に事情を勘案しなければいけないことに変わりはありません。

けっこう手間や時間がかかって、ついつい億劫に。

「誘い下手」人間の完成です。

 

結果的に、自分の行動様式も考え方も「受動的」になってしまっている。

一見アクティブに動いているようで、その根源は「受け身」スタンスなのです。

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 「PASSIVE」の意味を調べてみたら…

「受動性の、受身の」

ここまでは、まぁヨシとして。

ところが、そのあと

「消極的な、活気のない、無抵抗の、言いなりになる」

と続きます。

良くないです!

 

これって、「自分らしい生き方」と言えるのだろうか??

 

「用意してもらった神輿に乗っかっているだけの行動では、自分がダメになる」。

面倒くさがらずに、自らアクションを起こすことの大事さを改めて思う今日この頃です。

 

ブログライフにも、共通するところがあると感じることがあります。

ネット民からは「互助会」などとよく揶揄されますが、ブログは「自己表現」の場であると共に、「交流」あればこそ成り立っていることも事実。

フォロワー何百万人の人気ブロガーなら、話は別なのかもしれませんが。

「自分の記事を書いたらおしまい、あとはリアクション待ち」。

そんな「受動的スタンス」にはしたくないと思っています。