さえわたる 音楽・エンタメ日記

はやり歌の世界、ヴァイオリン演奏、言葉の使い方、テレビ番組の感想、旅行記などについて綴っています

【懐かしい歌No.53】「つばさ」本田美奈子.(1994)

この連載には、大きく2つのパターンがあります。

「A:古今問わずヒットした曲」

「B:売れなかったけれど、イイなぁと思った曲」

今回は、Bの方?

おそらく、ほとんどの方々が初めて耳にされる歌だと思います。

 

本田美奈子.

1967-2005。

 

1985年にデビュー。

80年代は、過去の連載でも触れたように女性アイドル全盛期でした。

 

同期デビュー組には、中山美穂南野陽子斉藤由貴森口博子井森美幸浅香唯、そしてあのおニャン子クラブがいました。

男性では、少年隊だけが突出していました。

 

当時17歳だった彼女も、年齢的に半ば当たり前のように「アイドル歌手」として位置づけられました。

 

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しかし、用意されていた楽曲は、それとはまったく路線の異なるものでした。

 

デビュー曲の「殺意のバカンス」は、当時世間に求められていた「可愛さ」ではなく、タイトルからだけでも連想されるように、

「10代とは思えないオトナのイメージ」

を前面に押し出した楽曲。

 

そのためか、セールス的にはいま一つ振るいませんでした。

 

本人も当初から「アイドルではなくアーティストと呼ばれたい」願望があったようです。

2作目は、「アイドル人気」を狙った作品「好きと言いなさい」

3作目は、16ビートに乗せた激しい曲調の「誘惑~Temptation」

「若さ・可愛さ」と「オトナっぽい優れた表現力」のバランスをどこにとるか、落としどころをどう考えるか、制作陣の模索が続きます。

 

そして、翌年の1986年。

元来の歌唱力を生かしながらも、アクション面での派手な演出を織り込んだシングル

「1986年のマリリン」

が大ヒット。

後の「Sosotte」「One way generation」などとともに、彼女の代表曲となりました。

 

ただ、アイドル的な扱いをされた活躍期間は、長くはありませんでした。

1990年代に入ると、ミュージカルに活動の舞台を移します。

 

1990年のミュージカルミス・サイゴンレ・ミゼラブルでは、その歌唱力・演技力が高く評価されました。

さらに後には、声楽への進出も図ることにもなります。

晩年に、半ば彼女のオリジナルソングのごとく頻繁に取り上げられた「アメージンググレース」の透明な歌声。

今も深く記憶に残っています。

 

本日取り上げた「つばさ」は、そんな活動のさ中の1994年に発売されたシングルです。

デビュー初期に見られたアイドルっぽさや派手なアクションとはまったく異なるイメージの壮大な正統派バラード。

 

「起承転結」という言葉がありますが、歌の世界ではワンコーラスを

「起」=Aメロ

「承」=Bメロ

「転&結」=Cメロ(サビ)

で作るやり方が一般的です。

この歌は、そんな「ABC」の基本がしっかりと、またクリアな形で表現されています。

 

熊本県阿蘇の広大な野外ライブステージで、オリジナルのスロー音源より格段に遅い究極のスローテンポに乗せ、途中カットなくフルコーラスで清々しく歌い上げています。

 

一番の聴きどころは、2番のあとに訪れるまったく別のフレーズ=Dメロ。

「つばさを 重ねよう~」の30秒以上にわたるオドロキの超ロングトーン

今振り返ると、ここに彼女の「魂」が込められているようにも感じます。

 

この歌以降、歌番組で彼女の姿を見ることはほとんどなくなってしまいました。 

さまざまな思いがよぎる、圧巻のステージです。

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