「絶対音感」の観点から考察。男声のキーが女声と同じレベルまで上昇している。「Pretender」を例に
何の条件もなく日常的シーンで男女が合唱する際、男性は女性の1オクターブ下を歌うのが通常とされています。
学校の音楽の授業でもそうです。
カラオケでよく歌われる男女のデュエットソングでも、(複雑にハモる場合は別として)その「大原則」が守られています。
はやり歌の長年の歴史の中で、(もちろん人による高低の差はあるものの)女性の標準的な「声域」は、昔も今も大きく変わってはいません。
ところが最近、男性歌手のキーだけがどんどん上昇し続けているのです。
男性が男性の新しめの歌をカラオケの「原曲キー」で歌おうとした時、キーが高くて大変!
と思われたことはないでしょうか?
ジャニーズ系に限らず、ソロ・バンド系も含め、ほとんど女声の声域に肩を並べる、あるいは凌駕するレベルまで上がっています。
もはや女性の1オクターブ下ではなく、まったく同じキー(ユニゾン)で十分イケる高さです。
では、彼らのふだんの話し声が昔より高くなっているかと言えば、決してそんなことはない。
声変わりをすれば、個人差はあるものの、みな男性特有の低い声になります。
それなのに、歌声だけが高くなっていく。
具体的に、どのくらい高くなっているのか?
考察の際、頼りとなるのが「絶対音感」です。
過去記事でも触れていますが、「絶対音感」とは…
音を聴いて、それが「ドレミ…」の何の音であるかが聞き分けられる能力のことです。
私は、物心ついた時から楽器を習っていたせいか、「絶対音感」が自然に備わっていました。
対象となる音は、「楽器」に限りません。
本来「音程」を持たないはずのふだんのしゃべり声、風の音…
耳に入ってくる音すべてが「ドレミ」で聞こえてくるのです。
そんな「絶対音感」のポイントから、話し声と歌声を聴き比べてみた場合。
たとえば、ふだんイントネーションの高低を含めて「ドレミファ…」ぐらいの高さの範囲の声でしゃべっている人が、歌い出したとたん「ドレミファ」を超えて「ソラシドレ…」と、「上のシドレ…」辺りの高さの声になる。
そんなギャップが、現実のものになっているのです。
もちろんプロ歌手であれば、きちんとヴォイストレーニングは行っているはず。
だから大丈夫なのでしょうが、「商売道具」の声帯にものすごく負担がかかっているのではないか?
今は若いからその声が出せるけれど、トシをとったら声は大丈夫なのか?
などと、他人事ながら気になってしまうことがあります。
具体名を出せば…
「元祖・高音男」としてまず思い浮かぶのが、小田和正。
もう十分ベテランなのに、高音は健在です。
徳永英明も、女性並みの高音の歌声の持ち主です。
スピッツの草野マサムネやゆずの岩沢厚治も、声域的には女性パートと同レベルを歌っています。
その独特な声質に耳を奪われて、実は高音域だったのに気づきにくいのが「もんた&ブラザーズ」のもんたよしのり。
最近のソロ歌手では、米津玄師・林部智史などが、かなり高いキーで歌っています。
いまや俳優だけでなく歌手としても大活躍し、才能を開花させている菅田将暉の歌声の音域も、意外なことに女性のものと変わりません。
そんな中注目したのが、昨年大ブレイクした
「ヒゲダン」ことofficial髭男dismのヴォーカル、藤原聡。
彼も、女声並みのハイトーンボイスです。
テレビで聴いた彼の「しゃべり声」は、「ドレミ」よりもっと下の「ファソラシ」辺り。
しかし、代表作「Pretender」でその声域を調べてみると、盛り上がるサビフレーズでは「ドレミ」をはるかに超えて、上の「ドレミファソラシドレ」まで届いています。
しかも、その高音はファルセット(裏声)ではなくしっかり地声。
二度驚かされます。
「紅白」で聴いた時、加工・編集を重ねているはずのレコーディング音源とまったく変わらないナマ歌声だったのにも感動しました。
この曲を取り上げたのは、もちろん単に歌声の高低を述べたかったからではなく、「イイ歌」だとの思いがあるからです。
昨年の楽曲なので、いつもの「懐かしい歌」ではないのですが、若干自分なりに解説を試みると…
ひと言で言うなら「ハイセンスな音楽性のカタマリ」。
楽曲の構成は、J-POPの「王道」であるAメロ~Bメロ~Cメロ(サビ)(2番の後に若干のプラスαあり)です。
リズムは、イントロからクリアな16ビートがベースになっています。
これも、それほど珍しいものではありません。
しかし、それぞれのフレーズに収まっているメロディーラインがユニークそのものなのです。
Aメロ冒頭から、考えられない音の跳び方をしており、激しい上下動を繰り返しています。
しかもその中にシャープ・フラットが駆使されていて、しかも歌詞の文字数が多いために、細かい16分音符の羅列で音が非常にとりにくい!
Bメロでは、バックのアレンジが強烈な8ビート主体にガラッと変わりながら、メロディーは相変わらず細かい動きのまま。
歌詞が従来の定型を超越した「フリースタイル」になっているので、必然的にメロディーも複雑化している面があります。
「価値観」「世界線」「論理」など、おおよそ歌詞になりそうもない言葉たちが、当たり前のように入り込んでいるのにも驚かされます。
そして、バックの一瞬の沈黙に「グッバイ」のヴォーカルが響いた後、それまでの混沌を一気に解決するかのように「君の運命のヒトは僕じゃない~」の印象的な高音サビメロが流れる。
さんざんいろいろなことを言いまわした末に、最後は「君は綺麗だ」のド直球なメッセージがあまりにも斬新、かつ心憎い。
コード進行も「そう来るかぁ~!」と思わずうなってしまうほど、実に複雑かつハイレベルです。
毎週「はやり歌」を取り上げ、拙い解説を加える連載を続けていますが、「令和のニューサウンド」は「研究ポイントあり過ぎ」の素晴らしい才能が満載状態です。